ボクは、オデッサが好だ。
父に連れられてシャリアピンを聴きに行った劇場や、海沿いのプロム
ナードの散策を思い出す。
プロムナードに等間隔で並ぶ街灯は生暖かい南風を受けて、今にも
眠り込みそうな景色で、過去から未来へと続いていた。ソロヴィヨフ
たちが期待するこの世界を救う天使など現存するはずがない。
ウクライナ人、ユダヤ人、ギリシア人、アルメニア人、ロシア人、
ペルシア人、トルコ人、そしてフランス人やドイツ人……。
ある者は商売に精を出し、ある者は密輸で儲け、革命運動に身を投じる
者もいれば、それを取り締まる官憲と弾圧するコサック。
この町には現実しかない。
ペテルブルクやモスクワの動向はこの地でも無関係ではないが、彼らの
眼はロシアにだけ向いているのではない。
黒海を渡ったその先、ボスフォラス海峡を越えたその先、マルマラ海、
エーゲ海をこえたその先、地中海を越えて、アフリカやアメリカにも
向いているのだ。