オルハン・パムク 「無垢の博物館」
ノーベル賞作家オルハン・パムクの小説は好きではない。
「私の名は紅」はかつてのイスタンブールの細密画家の物語ということで、期待して読んだのだが読後感が良くない。ミステリー仕立ての複雑な筋の迷路を引き回されただけのようで、がっかりだった。
その後も懲りずにアルメニアとの国境にある町カルスが舞台だというので「雪」を、イスタンブールの裏通りを彷徨い歩く主人公ということで「黒い本」を読んだが、やはり読後感は良くなかった。

小説ではなくエッセイ(回想録)「イスタンブール」は大好きな本だ。パムクの回想するイスタンブールは、不思議なほどわたしたち旅行者が惹かれたイスタンブールの印象と似ている。
アラ・ギュレルの写真と初めて出会ったのもこの本でだった。

パムクの小説はもう読みたくないと思っていたのに、「無垢の博物館」を買ってしまった。
2019年1月に洋書バーゲンでパムクの"THE INNOCENCE OF OBJECTS"という本を見つけたのが発端だ。サブタイトルは"THE MUSEUM OF INNOCENCE, ISTANBUL"。小説「無垢の博物館」に出てくる物たち、コーヒーカップや時計などなど、を展示した博物館を実際に作ってしまった、その博物館の写真集だ。小説の章ごとにそれぞれ小さな展示ケースが並んでいて、どのケースにもノスタルジックな古い品々が陳列してある。
ああこれは町田純の世界に似ていると思った。文章表現だけでは飽きたらず、絵を描いたり、物語に出て来る音楽のCDを作ったり、私の作る拙い人形も喜んでくれた。そう感じて写真集を購入。そうしたら小説「無垢の博物館」も買わざるを得ない。
写真集は、博物館を作ろうとした契機や博物館のある場所についての説明から始まる。完成した小説があって、小説に関連する物たちを展示する博物館を作ったのではなかった。そこで生きた人の記憶を生き生きと伝えるような小さな博物館を作りたいという思いがまずあって、博物館のカタログは恋愛小説の形にしようという企てだった。
博物館は小説の女性主人公が両親と住んでいた建物だったという設定で、新市街の移民やロマや貧しい人々が暮らしていた地域にある。映画スタジオが出来、骨董屋が増え、中産階級の人々が移り住んでくるというその地域の変遷の叙述は、エッセイ「イスタンブール」の続編のようでとても興味深い。

小説の一つの章を読み、その章に該当する展示ケースの写真と説明を1章ごとに辿っていった。写真集には小説で触れている(しばしば付随的な)物事についての詳しい説明もあって、それによって小説の世界がより広く立体的に浮かび上がって来る。例えば、イスタンブールの野犬について、コーヒーハウスで男たちが楽しんだカードゲームについて、大晦日の夜にどの家庭でも行われるビンゴゲームについて、人々に愛されていた音楽について、などなど。
小説の方は博物館に展示してある品々のカタログとしてならば読めるかと思っていたが、次第にうんざりしてきた。
イスタンブールの一握りの富裕層に属する男性の主人公とその友人・知人たちの優雅な生活の陳腐さ、博物館に展示される品々の理由付けとはいえ、あまりに不自然な主人公のフェティシズム。
博物館は、小説の主人公に重なるパムク自身が青年時代を過ごした1970年代のイスタンブールの街と人々の生活を伝えるとともに、小説家パムクの文章表現と"無垢の物たち"のコラボレーションによるパムクの新たな表現と言えるだろう。
パムクはこれからの博物館として、国家の歴史を展示する大規模な博物館ではなく、小説をもとにした個々の人の物語を表現する小さな博物館を提唱している。
だとしたら
"ヤンと愉快な仲間たちの部屋"は、町田純とヤンの無垢の博物館だ。
パムクの博物館よりもっと無垢でちっぽけな。
無垢の博物館の展示ケースの内の3つ
無垢の博物館の中
ヤンと愉快な仲間たちの部屋の展示
2021.5.21  text by Mariko Machida
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