アントニオ・ネグリの「帝国」「芸術とマルチチュード」
2023年12月15日、アントニオ・ネグリが亡くなった。90歳。イタリアのコミュニスト、哲学者。
2003年に刊行されたマイケル・ハートとの共著「帝国」は世界を席巻した。

町田純の書棚にもこの「帝国」があった。栞は始めから数十ページのところに挟んであった。ここで読むのを中断したのだろう。この本に関する感想なども聞いた覚えはない。多分、アメリカ帝国主義批判の本と思って読み始めたが、そうでは無さそうなので中断したのだろう。
私もアメリカ帝国主義の分析・批判の書と思って読み始めた。しかし、そうでは無かった。グローバル企業のネットワークによる権力の中心も無く領土の境界も無い現代の資本制システムを「帝国」と言っていたのだ。アメリカは現在でも特権的な地位を占めているが、アメリカ帝国主義とは異なる。
このような本は初めての経験だったので、良く分からないながらも読み進めていくと新しい視点が開けてきて興奮を覚えた。

「芸術とマルチチュード」では、読みながら何度も思わず「格好いい!!」と声に出してしまった。芸術とマルチチュード(国民でもなく人民でもない人々)について語るトニ(アントニオ)・ネグリは何とも格好いいのだ。
"美"、”崇高”、”リアリズム”、”抽象”、”ポイエーシス”……などなど、芸術に関する古臭い言葉をマルチチュードの労働に関連づけながら、次々と生き生きとした意味に変えていく。なんと痛快!

「芸術は慰めであることをやめたんだ。……芸術は、生であり、合体であり、労働であり……。ーーー芸術は、ひとつの前提条件なんだ。ーーー芸術は革命に先んじるものなんだよ。」
「芸術が生存しうるのは、なんらかの解放プロセスのなかにおいてだけなんだ。」
「リアリズムは、世界を模倣するのではなく世界を再構築する詩学なんだよ。」
「抽象絵画とは、存在と空虚と潜勢力とによるつねに新たな追いかけっこという寓話のことなんだよ。ーーー空虚は、限界なんじゃなく、ひとつの通り道(パサージュ)なんだよ。」
「美とはーーー集団的労働を通じて構築される超過労働の創造力によって生産される超過のことなんだ。」
「イマジネーション(想像力・構想力)は解放をもたらすんだ。」

親しい友に宛てた手紙という形式は、日常の平易な言葉が使われているので素人の読者にも分かりやすい。訳も良い。
10年以上前の著作とはいえ、ヴェネチア・ビエンナーレやピナ・バウシュの舞台やパンクなど当時の最も注目すべき芸術を引き合いに出しつつ論じていることも説得力がある。現在(当時)進行中の芸術作品とマルチチュードの可能性について論じたものは、寡聞にして、このトニ・ネグリの著書以外に知らない。

追悼 アントニオ・ネグリ

   2023.12.22         Mariko Machida

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