〈5〉
 翌日は、グルジア軍用道路を通り、コーカサスの山々を越えてオルジョニキーゼ(今はウラジカフカスという名に戻っている)に向かう。
 軍用道路を走るバスから眺めるコーカサスの山々は、峨々たる峰々というよりは緑の山々の連なりという表情をしていた。

 1931年夏、私達とは逆のコース、ウラジカフカスから軍用道路を通ってグルジアに入ったパステルナークは、"波"という詩でこんな風にうたっている。(コーカサスはロシア語ではカフカース)
  
  周囲にはカフカースの支脈が群れ、
  さらに新しい支脈が
  黙したまま道路ぞいに入ってきて、
  回廊へと立ち去っていった。         
         「第二誕生」工藤正廣訳 p.21

 牧童が一人、丘の上に坐っていた。角張った羊のコートを着ているように見える。ヤンが着て、コーカサスのダンスをシメ君に披露する、あの羊飼いのコート。牧童はあっという間に車窓から消えて、コートを確認することは出来なかった。 
グルジア軍用道路 ↑↓
羊飼いのコートを着てカフカスのダンスをするヤン
「ヤンとシメの物語」
 展望台でバスを降りる。ここから眺める山々の景色も、高さより広大さが勝っている。万年雪を頂く山が、雲に覆われて見えなかったからかもしれない。広大な風景は写真では残せない。目に焼き付けようと必死に眺めた記憶だけが、かろうじて残っている。展望台の脇では村の人たちが土産物に手作りの品を売っていたり、養蜂の巣箱が並んでいて、牛が一頭佇んでいて、牧羊犬がうろちょろしている。そんな光景の方が記憶に残っている。人は自分の大きさ・小ささに見合ったものしか認識できないのだろう。
 パステルナークは"波"の他の部分ではこう歌う。パステルナークは途轍もなく大きい。
  
  ここに静かなる山岳の相貌があるだろう、
  沈黙のたぶらかし、要塞濠の鈍いざわめき。
  そして山々の静けさ。はじめてのあいびきの
  胸しめつけられる、激しい興奮が。            
           「第二誕生」工藤正廣訳p.14
 
展望台からの眺め ↑↓
展望台脇の風景
〈6〉に続く