カルスの昼食会
 
 [ヤンの手記]より

 ボクの祖父はカルスの出身のアルメニア系で、毛皮商人をしていたという。
 ボクはカルスの町はまだ知らない。あの神秘思想家(?)いかさま師(?)グルジェフ
 の生地の近く、彼が少年時代を過ごした町だ。
 アルメニアとの国境で、今はトルコの領土となっている。

 父もそこで生まれた。父の写真は何枚か残っている。
 その1枚が、カルスの町外れでの昼食会の写真。中央が父。
 右は絨毯商人。彼はコーカサスの村々を巡り、家々で織られ使われている絨毯
 を探し歩いた。素晴らしい手織り絨毯を見つけては、驚く程の安値で買いたた
 き、それを法外な値でイスタンブール経由でロンドンに送っていた。
 しかし、それさえ今では馬鹿みたいな値段だ。
 今や純粋なアンティークのコーカサス絨毯は数少なく途轍もない値になって
 いる。人間の欲望を超えて、絨毯は天空に舞う。

 父の左はヴァン出身の金と銀の目をした父の弟子。
 弟子? そう、父は邪教の伝道者だった時もあった。
 邪教? ニーチェが好んだ、ゾロアスターだ。
 父はアゼリー地方にいたことがあり、バクーにも足跡を残している。
 そこで何かを得たのだろう。
 ところが、ある時一転して、イスラムのスーフィズムに感化されテッケに
 通った。ボクもあのネイの音色は好きだし、スーフィーの教義も分からぬ
 ことではない。「我は神なり」と言ったスーフィーの哲学も好きだ。
 いわゆる正統イスラムよりよっぽどましだとも思う。
 しかしボクは神になりたくもないし、自己を突き詰める気もない。
 つまりボクはヤンでネコなのだ。任意な宇宙の一点。
 ボクは偶然の所産。過去も未来もなく今だけ見える。

 父の弟子はツァー・ロシアとの度重なる戦いの中、コーカサスで戦死したそうだ。
 死ぬ直前、右の金眼は本物の黄金より輝き、左の銀眼は刺すような青白い光を
 放ったという。
 『一生で一度美しい瞬間に出会えれば、ただそれだけで神を超越したことに
 なる。』 これがそれ以降の父の口癖となった。父は信仰を捨てた。

チャイハネの楽士達
右が葦の縦笛ネイ
NEXT サズー