昨年、石原吉郎を知った。
シベリア抑留で、自らの人間性を失うか保持するかのぎりぎりの極限を体験し、 帰国後もその極限を生きつつ、詩に昇華させた詩人。 息詰まるような緊張が張り巡るその詩は、しかしリズミカルで息をのむように美しい。
「居直りりんご」は、そんな彼の詩の中ではちょっとユーモラスな一篇だ。
シベリア抑留から帰国した石原吉郎は、ねぎらいの言葉一つも掛けられず、アカではないか(共産主義者に 洗脳された)と疑われ差別され、親類縁者からは抑留中に親の葬式を出してやったと恩を着せられ、旧弊な 因習を守ることを要求される。
生きるために人間性を失うか、あるいは極限状態でも人間性を失わないでいるか、その中で人間性の真の 美しさも見たと言う石原吉郎は、「最も良き人びとは帰っては来なかった」というアウシュビッツからの 生還者フランクルの言葉を引用しつつ、「最も良き私自身も帰っては来なかった」と言う。
望郷の思いに望郷の思いを重ねやっと帰国したこの国で、石原吉郎が見たものは人々の人間性の貧しさと 醜さだけだったのかもしれない。
2018.2.7 text by Mariko Machida
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