その時、青ネコが懐中電灯のスウィッチを切った。そう、地上の光!
はじめの入口から、青ネコ、赤ネコの順に姿を現した。
二匹はそれなりに晴れ晴れとしていた。そして地上の眩(まぶ)しい光に包まれながら、心はいまだ地底を彷徨(さまよ)っていた。
崖から引き抜かれた蔓を見つけて、赤ネコはやっと地上に立つ自分の姿を客観的に把握した。陽はまだ高い。
窪地の疎林を歩きながら、赤ネコは更に心が軽くなっていった。心地よい疲労が、林を抜ける風にさらわれていった。
青ネコは地図上の不備で頭がいっぱいだった。帰ったら、地底図を描くんだ。記憶が鮮明な内に、詳細な地図を。しかし、そのためにはあと何回かもぐる必要がある。
やがて二匹は窪地の斜面を上り、カルストの草原に出た。あちこちに白い岩が点在する。赤ネコは枯れた草の間に転がる灰色の石を拾った。
「また明日(あした)もぐってみる?」と青ネコ。
「エ? ……別に!」と赤ネコは小石を思いっ切り放り投げた。
サワ、サワ、サワと風が吹き渡り、足にこびりついた泥がどんどん乾いてゆく。
パタパタとはたく赤ネコ。
青ネコは窪地を見つめている。
二匹は草原を遠ざかっていく。
「……地底湖は……かも……ない……」青ネコの声が風に流されて、途切れ途切れに聞こえてくる。
「……、……」
「……だから、地図上の……でしょ……」
「……、……? ……」
赤ネコの声は聞こえてこない。
「……長いヤツ? ……そんなモノ……ヨ」また青ネコの声。
やがて二匹は草原の丘の高みに立った。
強い風を受ける二匹。
「で、ドーする?」とまたまた青ネコの声が面白いように風に乗る。
「エ? ……ン、だから、計画通りサ」と久々に元気な赤ネコの声も。
「でも今日はあんまりハリネズミ……からかいたく……ナ……」と青ネコの声
「ドーして?」
「……別に」
「でも、この前は……したじゃない……」
「ソーいう気分なんだ……」
「フウン。……じゃあ……計……は、……だ」
「二匹はゆるやかな起伏がいつまでも続くカルスト台地を見渡していた。
そして丘の向こうに姿を消した。
夕刻、草原のあちこちで秋の虫が鳴き始めた。
こうして、全てが逆の順序で、フィルムのコマを逆回転させるように、きちんと、ほぼ同じ行動同じ会話が正反対に進められていった。
赤ネコは再びいくつかの恐怖(正確には、自ら作り出した想像上の恐怖)に遭遇し、耐え、風船を破裂させ、ひたすら計画の遂行のために歩き続けた。青ネコはあまり地図を見なかった。頭の中の地図を逆にたどっていたのだろう。
やがて鍾乳石は消え、足元はじめじめした泥と石、天井と壁は黒っぽい岩盤となった。
「頁(けつ)岩かナ」と青ネコ。
「……」と下を見つめて黙々と歩く赤ネコ。
「地上は近いってことサ」
「……ウン……」
「帰ったらドーする?」
「……別に……」
「何スネてんの?」
「……別に」
スネているわけじゃナイ。段に疲れているだけなんだと赤ネコは言おうとしたが、別にイイや、と思った。