アパルトマンの廊下。あの台にはあの目覚まし時計がのっている。近づいてみると、針は4時とちょっと過ぎで止まっている。埃だらけの発条(ぜんまい)時計。振ってみよう。動かない。ネジを巻く。動かない。たたいてみる。やっぱり動かない。そっと台に戻そう。青ネコのドアを開ける。
裸のベッドが一台あるだけで、きれいさっぱり。もちろん誰もいない。
窓ガラスが橙(だいだい)色の陽を浴びている。そっとドアを閉め、向かいの赤ネコのドアをノックしよう。応えない。ドアを開ける。やっぱり誰もいない、何もない。
アパルトマンに棲む連中の話だと二匹のネコのお人形は春先に出ていったそうだ。耳をつんざくようなエンジン音を残して。理由? それは誰も知らない。多分大した理由もないのだろう。そのとき、夕餉(ゆうげ)の仕度か、どこかの部屋からスープの匂い。
青ネコのいた部屋に戻り、窓から外を見る。中庭が見渡せる。ベンチにユダヤ人の姿はなかった。